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FM長野 リスナーである、ラジオネーム:チャート★ドランカーの個人ブログです。
私の 週間選曲リスト と 週間放送視聴日記を、発表・保存しています。

FM長野 周波数

松本   中継局 86・4MHz   10W
大鹿   中継局 81・8MHz    1W
飯田   中継局 88・3MHz  100W
聖    中継局 78・1MHz  100W
飯山野沢 中継局 81・8MHz   30W
小海   中継局 80・3MHz  100W
木曽福島 中継局 81・5MHz   10W
岡谷諏訪 中継局 81・8MHz   50W
善光寺平 中継局 83・3MHz  100W
美ヶ原  送信所 79・7MHz 1000W
コールサイン(呼出符号) : JOZU-FM
演奏所:長野県 松本市   FM長野について

(NHK-FM)
松本   中継局 84・8MHz   10W
大鹿   中継局 85・0MHz    1W
飯田   中継局 77・4MHz  100W
聖    中継局 83・0MHz  100W
飯山   中継局 82・8MHz    3W
小海   中継局 84・9MHz  100W
木曽福島 中継局 82・9MHz   10W
岡谷諏訪 中継局 85・3MHz   50W
善光寺平 中継局 85・7MHz  100W
美ヶ原  送信所 84・0MHz  500W

コールサイン(呼出符号) : JONK-FM
演奏所:長野県 長野市 NHK-FMについて

*

FM長野について

 本社演奏所や、本局送信所の地理的配置、さらに、独特のコールサイン呼称など、全国のJFN加盟局の中でも、FM長野  は、放送研究の価値がある、ユニークな存在です。

 旧郵政省による、県域民放FM局の電波割り当てが、長野県にあったのは、1982年10月27日。175件の免許申請調整は、月日を要しましたが、1987年 8月25日、申請一本化に合意。自治体・有力企業総意の元で、長野エフエム放送株式会社が、同年11月12日 創立。FM長野は、1988年10月 1日に、開局しました。

 私は、信州の中心に位置する、美ヶ原高原(海抜2031メートル)の王ケ頭にある、FM長野の美ヶ原 本局送信所が、全国のFMラジオ本局送信所の中で、最も地理的に優れた位置にあると考えています。

 FM長野の本社演奏所と本局送信所の距離は、約11キロほどですが、直線ラインを追うと、送信伝搬が、僅かに王ケ鼻の陰に、隠れてしまいます。そこで、松本市 岡田町の茶子望主山に、反射板を設置。本社演奏所からのSTL波(3・436GHz 10W)は、その反射板(縦横10メートル内)に向かって送信し、反射波を、本局送信所へ届ける、独特な送信の仕組みを、採用しています。

 また本局送信所からの放送波は、県内9ヶ所の中継局で、エアー受けをしています。松本 中継局の場合、約8キロの距離を、5素子1段1面のアンテナで受信し、垂直ダイホールで再送信します。

 特に、FM長野の中継局は、開局以来、音質劣化を避けるため、復調せず再送信している、大きな特徴があります。FM長野は、他局との比較でも、音質が優れたラジオ局なのです。

 開局当時にプレス発表された、FM長野の基本理念は、スリムな体質で健全経営を目指し、地元AM局(SBC)とNHK-FMとの住み分けをしながら、オーソドックスに徹するというものでした。

 開局当時の自社制作番組は、アナウンサーがディレクターも兼務し、自ら調整卓を操作しながら、アメリカンDJスタイルで放送。月曜から金曜まで、5日間連続、約2時間の生ワイドを、女性アシスタントとアルバイト、ひとりずつだけの体制で、オンエアーしてきました。その様にコストをかけず、FM長野の草創期を、一生懸命支えてきたのです。

 長野エフエム放送 沿革にも、まとめてありますが、その後のFM長野の番組編成方針は、この開局から数年間に培った、原資を使い、役員構成の変化に、スライドしながら、FM長野のステーションカラーと共に、形成されていきました。

 これからの地方における、単営ラジオ局の存在価値は、道州制も視野におきながら、サービスエリア内全体の公益に、どう立脚するかで決まります。その存在価値を維持するため、営利活動をし、安定経営に努める、放送事業会社であるべきです。

 県域のJFN加盟局において、自主的な報道セクションを有しているのは、FMぐんま など僅少です。ですから、ニュースの自主取材をしない、FM長野にとって、配信を受けニュースを送出する、松本本社からの、自社制作生放送とネット送出の割合を低下させない事は、本社演奏所の存在理由に係わるほど、重要です。

 重大な緊急災害時は、例外ですが、報道部課の設置より、自主的に選択した、ニュース提供の報道機関と、良い関係を培っていったほうが、リスナーの利益になると考えます。それ故、普段から、緊急ニュースの素早い送出や、それを可能にする、ニュース配信報道機関との連携強化が、ニュース番組そして、ラジオ局自体の価値を維持するため、なによりも不可欠となります。

 ただ配信ニュースというのは、極論をすると、札幌から配信されたニュースを、那覇で放送する事も可能であり、将来まで続く、地方行政区画を見据えた、配信報道機関の設定が不可欠です。

 特にFM長野ニュースを始めとする、音楽放送を主体とした、FMラジオ放送局の定時ニュース報道は、幅広く主要項目(ヘッドライン)を、出来る限り、コンパクトに伝える事も、大切です。

 松本は、音楽芸術都市です。FM長野は、ラジオ放送の本旨である、第1次情報報道の迅速・信頼性を損なわないために、地域・年代に こだわらない、多くのエリア内リスナーの聴取習慣を維持すべく、良質の音楽番組を、放送し続けるべきであり、文化・芸術の面からも、レベルの高い音楽放送を基幹とする、ラジオ局だからこそ、FM長野の本社演奏所を、松本に置く意義があると考えています。

 また長野県の人口動態は、全国平均と比較しても、高齢化が進んでおり、当然サービスエリアとするラジオ局は、人口動態にリスナーターゲットを、スウィングさせなければならないはずです。

 安易なターゲット層を絞った番組は、ターゲット外の絶対多数のリスナーが、確実にラジオから、離脱させる結果に繋がりかねません。従来からの、オーディエンス・セグメント編成では、ラジオを救えないのです。

 信州に移り住む前月の、1991年 3月から、私は、定期発行されたFM長野の「番組表」(タイム テーブル)を、収集・保存し続けています。その数は、現在200枚を超えました。開局時である、1988年10月 第1号など、初期のタイムテーブルも、コピーを入手し、所有しています。

 私は、ラジオ放送に対して、全国にいるヘヴィなリスナーとは、違ったスタンスを、心に持っています。

 全国のラジオ放送局は、放送局である以前に、国から免許を受けた「無線局」であるという認識です。呼出符号であるコールサイン(JOZU-FM)が存在するのは、FM長野は、国から許可を受けた無線局だからに、他なりません。

 このブログ、特に送信解析 FM長野にも書いていますが、私が、FM長野を、長年愛聴している根本の理由は、佐渡島から茨城・大阪に至るまで、受信可能であるFM長野が、国から許可を受けた、無線局としての、送信伝搬の優秀性を、有しているからです。

 FM長野も、これから未来へ向かい、番組形態もDJも勤める社員さんも、そしてリスナー自身も、確実に入れ替わっていくことは避けられません。ですが、その中で私は、数少ない長期間 入れ替わらないリスナーとして、健康である限り、これからもFM長野を、聴き続けていきたいと考えています。

MY RADIO

tivoli audio Model One

愛用しているメインラジオです。

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NHK-FMについて

 NHK-FMは、1957年に開局した、FMラジオ放送の老舗です。長野は、1964年に開局しました。クラシック音楽を中心として、ポピュラー洋楽・歌謡曲・ワールドミュージック、そして純邦楽・民謡に至るまで、あらゆるジャンルの音楽を、差別なく放送しています。

 NHK-FMの最大の特徴は、オンエアー曲を、ノーカット完奏させる点にあり、開局以来、その編成方針を貫いています。

 平日の朝・午後そして夜と、クラシック音楽放送を、帯ワイドで編成。特に、夜の帯番組「ベスト・オブ・クラシック」は、NHK-FMの看板番組になっており、その時間に放送される、NHK交響楽団 定期演奏会の生中継は、NHK-FMの、最重要な音楽番組になっています。

 定時ニュースは、7時・12時・19時、および深夜1時から4時までの毎正時に、ラジオ第1放送と、同時放送されています。但し、NHK交響楽団 定期演奏会の生中継の時は、基幹の19時のニュースを、休止します。

 NHK-FMでは、原則として、臨時ニュース・ニュース速報を放送しませんが、緊急地震速報特別警報は、全国に送出。また気象警報・竜巻注意情報などは、対象エリアに向け、カットインで放送されています。

 長野局からの地域放送は、現在11時50分と、18時50分からの、10分間のみ。土日に至っては、僅か5分間ずつと、だいぶ減ってしまいました。この地域放送は、交通情報・気象情報・お知らせ などですが、全国学校音楽コンクール県内優秀作品を、この10分間で、オンエアーする事もあります。

 1970 ~ 80年代のNHK-FMは、平日 午後6時台の1時間と、土曜日の午後3時間に渡り、全国の放送局が、各局ごとに、リクエスト番組を中心とした、独自編成をしており、個性あふれる、素晴らしい時代でした。

 私は、NHK-FMの地域放送として、土曜午後各局毎に、オンエアーされていた「FMリクエストアワー」を、1976年から1982年頃まで、熱心に聴いていました。

 私が最初に、ラジオでリクエストが、採用されたのは、NHK-FM福島局の「FMリクエストアワー」(宮川泰夫 アナが担当)でした。私の住んでいた、茨城県 北茨城市では、NHK-FM水戸の北茨城 中継局があり、またその10キロ程度隣りには、NHK-FM福島の勿来 中継局もありました。土曜 午後には、水戸・福島2局のFMリクエストアワーを、クリアに聴く事が出来たのです。

 3時間の生放送は、各局のNHKアナウンサーが、民放ラジオより、自由闊達に担当する事が許されており、長野局のリクエストアワーでは、毎週独自のチャート(ベスト11)を発表していました。FM長野の開局前には、NHK-FMの地域放送が、FMラジオ放送の中で、大きなウエイトを占めていたのです。

 FMラジオ放送で、音楽を楽しむという、スタイルを続けている人達や、曲目まで掲載された、番組表を見ながら、FMラジオ放送を楽しむリスナーは、まだ多く存在します。FMラジオ雑誌は、2001年に総て、休廃刊してしまいましたが、今も、曲目付き番組表を掲載した“FM CLUB”誌が、定期購読限定で、発行されています。

 長野県内だけでも、FM長野 10ヶ所に対し、NHK-FM 24ヶ所と、圧倒的な数の、送信所・中継所からの電波で、全国放送されている、NHK-FMの歴史は、音楽ラジオ放送の原点は何か? いつもFM長野を始め民放FMへ、問いかけながら刻んできました。そして現在も、クラシック音楽番組中心の、安定した番組編成と放送を続けています。

 我が家では、NHK受信料を、支払っています。この受信料には、ラジオ機能の維持にも、使われており、FM長野リスナーを、標榜していますが、払った受信料の分だけは、NHK-FMを聴く権利があります(笑)。クラシック番組を聴きながら、昼寝が出来る休日は、まさに至福の時です(笑)。

 NHK-FMには、全曲完奏で音楽放送する、佳き伝統を継承しながら、FM長野リスナーである、私の避難先(笑)となって欲しいものです。FMラジオ放送に囲まれた日々は、私にとって、理想的なスローライフなのです。

MY ANTENNA

vertical polarized antenna for fm-Radio

ベランダにある屋外FMアンテナ
松本中継局(垂直偏波)受信専用です。

G U I D E

 ここは、長野県 松本市 に在住している、FM長野 リスナー『ラジオネーム:チャート★ドランカー』の個人ブログです。

 「週間選曲リスト」では、ラジオ・テレビ放送音楽に関する私の評論を、5曲ごとの選曲と順位で、象徴的に表現しています。

 「週間放送視聴日記」には、徒然なるままな、身辺雑記を織り交ぜながら、オールラウンドなラジオ・テレビ番組の、レビューやデータが、掲載されています。

 このふたつのコンテンツを、毎週1リストにし、発表・保存しており、トップページでは、最新5週分のリストを、連記で掲載しています。

 コメント・トラックバック欄はありません。コミュニケーションツールとして、Google +1 ボタンを、全リストのフッターに、設置しています。

 拍手のお気持ちが ございましたら、どうぞ お気軽に、このソーシャルボタンから、お伝えください。

 広告等は、一切表示しないポリシーで、開始時から、ブログを運営しています。デザイン総てが、手作りです。

 週1回「定点観測」の積み重ねで、FM長野を始めとする、信州のラジオ・テレビ放送の歴史を、この小さなブログで、ゆるやかに紡いでいく事が出来れば、嬉しい限りです。


BLOG PET

かめクン

このブログでも おなじみ
長年 飼い続けている
ミシシッピ アカミミガメの
ごぞんじ『かめクン』です。

L I N K S


【 週間選曲リスト 】

【 週間放送視聴日記 】

最新5週連記

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第630回ランキング

   最新リスト
公開
  1. 第 1 位 ( ⇒ )
    川井憲次「ラビリンス」
    NHK総合・NHKスペシャル「未解決事件」メインテーマ

  2. 第 2 位 ( △ )
    NHK BSプレミアム・BS時代劇「神谷玄次郎捕物控2」テーマ音楽 [安川午朗]

  3. 第 3 位 ( ⇒ )
    NHK総合・大河ドラマ「花燃ゆ」テーマ音楽 [川井憲次]

  4. 第 4 位 ( ▽ )
    NHK BSプレミアム・プレミアムドラマ「昨夜のカレー、明日のパン」テーマ音楽 [阿南亮子]
    ♪1位 3週、登場 7週。

  5. 第 5 位 ( ★ )
    NHK総合・木曜時代劇「かぶき者 慶次」テーマ音楽 [渡辺俊幸]
    ♪楽器和音で変化をつけながら、旋律を繰り返しているが、調性が整っている佳曲。


 12日 投開票された『第18回 長野県議会議員選挙』は、共産党が、過去最多議席を獲得し、躍進したものの、新しい議席分野からは、阿部守一 知事を支持するオール与党体制に、大きな変化がありませんでした。

 【獲得議席数:自民党 16 共産党 8 公明党 3 民主党 2 維新の党 1 社民党 1 無所属 27】

 それでも、古参大物候補の落選が目立ち、松本市区では、維新の党がトップ当選するなど、世代交代の流れも、選挙結果へ、如実に反映されていました。

 私は、投票日当日、自宅近くにある投票所で、県議選の投票をし、投票記念カードを受け取って、投票所を出た瞬間、NHKの出口調査に、また当たってしまいました(笑)。

 そのNHK長野局が放送した、県議選開票速報は、打越裕樹 アナが担当。速報の冒頭には、長野市・松本市・佐久市 北佐久郡・飯田市の激戦区4区に絞った、出口調査に基づく、予測得票率を棒グラフで表示し、出口調査順位を明確に放送。松本市区では、共産党候補を、出口調査1位と発表し、大変驚きました。

 しかし、実際の開票結果は、長野市区・松本市区・飯田市区が、出口調査順位の定員数上位で、全ての当選者は収まりましたが、佐久市 北佐久郡区は、出口調査最下位候補が、ラストで当選するなと、入れ違いがありました。また順位は、相当異なっていて、松本市区・長野市区共に、出口調査1位が、実際は4位という結果でした。

 但し、実際の開票速報における当確判定は、極めて慎重で、午後9時38分から当確を打ち始めましたが、開票作業が大詰めになった、10時台でも、長野市区1名・松本市区4名の計5名には、なかなか当確を打ちませんでした。

 そして11時36分、松本市区が開票率99%になった段階で、残り4名に当確を打ち、全議席が確定しています。なおFM長野では、県議選の開票速報が、ありませんでした。またNHK-FMでも、統一地方選の開票速報特番は、ありませんでした。

 総合テレビの統一地方選 開票速報は、午後8時の放送開始ジャストに、10道県知事選の内、9道県知事選で、当確を打ちました。また同日に行われた大阪府議選・大阪市議選では、維新が第1党を維持。大阪局の出口調査設問にあった、来月行われる、大阪都構想の住民投票に関する賛否の率は、拮抗していました。

 大阪都構想とは、大阪府が、いきなり東京都と同じく「都」を名乗るという訳ではなく(笑)まず大阪市を廃止して、東京都の様な特別区に、分割する構想です。この構想は「道州制」の基礎のひとつとして、影響が、全国に波及していく、可能性を有しています。

 また、この構想の成否を決める、大阪市の有権者 約214万人を対象とした住民投票は、かつてない大規模なもので、その開票速報での、可決・否決の判定は、将来に可能性が高まっている、憲法改正国民投票 開票速報の、初の試金石となります。

 全国道府県議選の結果によると、長野県議選の開票結果の傾向と同じく、公明党や保守系無所属を含めた与党が、堅調な反面、共産党の議席が伸び、自共対立が鮮明になっており、大阪府における維新以外、自公共以外の政党は、埋没してしまった感が拭えません。

 26日投開票の、統一地方選・後半戦の結果を踏まえて、次の4年間に、道州制そして憲法改正のプロセスが、どこまで進むのか? 反対勢力が、そのプロセス自体を、否定している中、はっきりしてきた底流の動きを、密やかな気持ちで、注目しています。

第629回ランキング

   
公開
  1. 第 1 位 ( △ )
    川井憲次「ラビリンス」
    NHK総合・NHKスペシャル「未解決事件」メインテーマ

  2. 第 2 位 ( ▽ )
    NHK BSプレミアム・プレミアムドラマ「昨夜のカレー、明日のパン」テーマ音楽 [阿南亮子]

  3. 第 3 位 ( ⇒ )
    NHK総合・大河ドラマ「花燃ゆ」テーマ音楽 [川井憲次]

  4. 第 4 位 ( ☆ )
    NHK BSプレミアム・BS時代劇「神谷玄次郎捕物控2」テーマ音楽 [安川午朗]
    ♪約11ヵ月ぶりの再登場。変わらず打楽器和音とストリングス旋律が美しい。

  5. 第 5 位 ( ▽ )
    さかいゆう「闇夜のホタル」
    NHK BSプレミアム・ザ プレミアム「アイアングランマ」主題歌


 4日は、全国で皆既月食がありましたが、残念ながら、ここ松本では、厚い雲に覆われて、観望する事が出来ませんでした。次の皆既月食は、3年後の2018年 1月です。次回は、晴れ渡る夜空での、皆既月食を期待しています。

 この春のFM長野は、月 ~ 木15時台の“Vitamin Marche”が終了し、約2年9ヵ月続いた、この時間帯の自社制作が無くなりました。そして、田中利彦 アナウンサーが、FM長野を退社しています。田中 アナは、勤務17年のベテランでした。

 田中 アナの場合は、別としても、全国の民放FM局で、ベテラン社員や局アナの自己都合退社が、目立ってきています。その根には、厚い雲の中で遠望出来た、民放FM局の将来像に対する、個々の解釈があるようです。

 緊急雇用創出(対応)事業に基づく、県内自治体発信番組は、東日本大震災の被災県などで続いていますが、ほぼ全国で終了し、FM長野では、その番組群が無くなりました。さらに長野県提供の「ランチタイム@信州」も終了。長野県提供枠自体も、時間が短縮となっています。

 このブログで書いていた通り、私は、FM長野に、県内自治体発信番組が、定着する事を願っていたのですが、カンフル剤的効果はあったものの、現状では、厳しい結果となっています。

 ただハード面に関しては、総務省 信越総合通信局が主宰した「山間部における超短波(FM)放送の難聴解消のための周波数有効利用技術に関する調査検討会」において、アグレッシブな動きがありました。

 その研究会では、このブログの持論である(笑)本局送信所から中継局へのエア受けを、デシタルの独自波による伝搬に変えるというアイデアに関して、TTLという放送番組中継回線の考え方が、具体的に提示され、明るい光も、一筋射してきました。

 同じく総務省が示した、放送番組の同一化の考え方や、AMラジオのFM補完中継局構想は、前述した民放FM局の将来像を、形成していく鋳型です。FM長野には、リスナーのニーズに立脚した、穏やかな自社制作を期待しています。


 FM長野 自社制作番組リスト(敬称略 ・【 】内は整理順位)

 2015年 4月 現在

  1. 【1】echoes
       月 → 木 1600 ~ 1855
       小林新・真篠沙織・大久保ノブオ・なるみ・小出真保・唐木さやか・塩澤有輔・湯澤かよこ

  2. 【2】Oasis 79.7
       月 → 木 0730 ~ 1000
       伊織智佳子

  3. 【3】Good morning radio!
       金 0730 ~ 1049
       小林新

  4. 【4】346 GROOVE FRIDAY!
       金 1600 ~ 1900
       三四六

  5. 【5】FM-NAGANO SATURDAY D
       土 1100 ~ 1200
       高寺直美

 開局時(1988年10月)から28年間の全リストは、ブログのベーシック リストに、掲載しています。

第628回ランキング

   
公開
  1. 第 1 位 ( ⇒ )
    NHK BSプレミアム・プレミアムドラマ「昨夜のカレー、明日のパン」テーマ音楽 [阿南亮子]

  2. 第 2 位 ( △ )
    川井憲次「ラビリンス」
    NHK総合・NHKスペシャル「未解決事件」メインテーマ

  3. 第 3 位 ( ▽ )
    NHK総合・大河ドラマ「花燃ゆ」テーマ音楽 [川井憲次]

  4. 第 4 位 ( ★ )
    さかいゆう「闇夜のホタル」
    NHK BSプレミアム・ザ プレミアム「アイアングランマ」主題歌
    ♪NHKオンデマンドで視聴。ポップであるが、真っ直ぐスウィングしている佳曲。Tp.は日野皓正。

  5. 第 5 位 ( ▽ )
    女王蜂「ヴィーナス」
    テレビ東京・ドラマ24「怪奇恋愛作戦」オープニング テーマ
    ♪1位 1週、登場 8週。


 最近では、表示しているサイトも、少なくなってきましたが、2003年 1月の開始以来、このブログでは、全ページで、ページビューのカウンターを、設置しています。

 この様な個人ブログでは、1日のページビュー平均が100程度。約4ヵ月をかけて、1万ずつ増えてくる、のんびりしたペースで、そのカウンターは、回っていました。

 ところが最近、このカウンターに、大きな変化がありました。僅か4週間の間に、1万を突破。突然イレギュラーなハイペースで、カウンターが動作し始めたのです。

 このブログには、簡易なアクセス解析がはいっていますので、調べてみると、訪問者のリファラーに“u-tokyo.ac.jp”があり、この4週間に、凄まじい回数のアクセスが、記録されていました。

 “u-tokyo.ac.jp”とは、東京大学のドメインで、さらに調べてみると、東京大学 大学院 情報理工学系研究科の、とある研究室からのアクセスだと解りました。

 この東大研究室からのアクセスは、このブログだけではなく、テキスト主体で、地道に更新を続けている他のブログにも、同じ様に、集中的なアクセスをしているケースが、ネット上に報告されていました。

 その研究室のサイトには「当研究室では Web 上に公開された文書を可能な範囲で収集し、様々な社会現象の分析に活用することを目的としています」と説明があり、なにやらブログの記載内容を、ネットのビックデータとして、収集しているとの事でした。

 このブログには、Googleさんのロボットを始め、同様な収集ロボットから、頻繁にご訪問を受けますが、設定を辛くしており、カウンターは回らない様になっていました。

 ところが、この東大の研究室からのアクセスは、カウンターが回ってしまいます。となると、よくあるロボットではなく、ページのスナップを撮っている様な、目視に近い形なのかも知れません。

 東京大学の研究室からの、学術研究目的ですし、目視に近いご訪問なら、ご愛読者のカテゴリに、含まれるかも知れませんので(笑)拒否はしませんが、全体で600ページほどのブログを、何千回読んでも、内容は変わりません(笑)。とにかく、この東大研究室からのアクセスが、落ち着くのを待っている次第です。

 このブログも、さくらインターネットと、WORDPRESSに引っ越してから、ちょうど5年が経過しました。途中で東日本大震災に遭遇しましたが、さくらインターネットの堅牢なデータセンターは、全く問題が生じる事なく、WORDPRESSも、この5年で、世界最大のブログソフトに成長しました。

 全てのソースをオープンにする、WORDPRESSのポリシーのおかげもあって、このブログも、テーマとプラグインを完全自作し、何者からも干渉されない、自由で理想なブログ運営を続けています。

 既に、ブログデザインなどを、修正する必要はないのですが、この春に、schema.orgの構造化マークアップの微修正など、目視出来ない部分ですが、いくつか手直ししました。

 またGoogleさんから「モバイル フレンドリー テスト」という、モバイルでの表示技術のチェックが始まりましたので、テストを受けてみたところ、このブログは全ページに渡り、モバイルにフレンドリー(笑)と診断されました。

 WORDPRESSのバージョンも、5年前に引っ越した当初は、2.9.2でしたが、アップグレードを重ね、今や4.1.1になりました。セキュリティの面からも、秘密鍵を設置したり、パスワードを20桁までにするなど、対策に努めています。

 これからも変わらずに、さくらインターネットのサーバと、WORDPRESSで、このブログを独立運営していきます。


 このブログのカウンター(ページビュー)が、3月30日に、29万 を突破しました。ご愛読 頂き、ありがとうございます。

第627回ランキング

   
公開
  1. 第 1 位 ( ⇒ )
    NHK BSプレミアム・プレミアムドラマ「昨夜のカレー、明日のパン」テーマ音楽 [阿南亮子]

  2. 第 2 位 ( △ )
    NHK総合・大河ドラマ「花燃ゆ」テーマ音楽 [川井憲次]

  3. 第 3 位 ( ▽ )
    女王蜂「ヴィーナス」
    テレビ東京・ドラマ24「怪奇恋愛作戦」オープニング テーマ

  4. 第 4 位 ( ★ )
    川井憲次「ラビリンス」
    NHK総合・NHKスペシャル「未解決事件」メインテーマ
    ♪綺麗な転調が味わえる、ドキュメンタリー番組テーマ音楽。

  5. 第 5 位 ( ▽ )
    Bryan Adams“Run To You”
    スズキ テレビCMソング
    ♪1位 5週、登場10週。2014年 分含む。


 19日に文化勲章受章者で、人間国宝の桂米朝 師匠が、お亡くなりになりました。。享年89歳の大往生でした。

 私が、強く記憶に残っているのは、朝のワイドショー「ハイ!土曜日です」の司会だった米朝 師匠です。

 当時の民放朝のワイドショーは、月曜から金曜までは、東京キー局制作。そして土曜日が、大阪局の制作となっており、今でも、その流れは続いています。昔のFNN系では、フジテレビ制作の「小川宏ショー」の後、週末は、関西テレビが「ハイ!土曜日です」を全国放送していました。

 「ハイ!土曜日です」は、薬師寺の高田好胤 住職や、SF作家の小松左京 氏がレギュラー出演していた、レベルの高いトークショーでしたが「征平の挑戦!」と言う名物コーナーがあり、アシスタントの桑原征平 アナウンサーが、世界中へ飛んで、体当たりリポートに挑戦するコーナーがありました。

 桑原 アナが、サーカス団に入門して、空中綱渡りに挑戦。見事成功するフィルムを視た米朝 師匠が「よーやりましたなー」と絶賛し、桑原 アナが、本当に嬉しそうな姿だったのを、私は、今でも覚えています。

 米朝 師匠は、数えきれないほどの、テレビ・ラジオ出演をし続け、長年に渡り、上方落語の普及に貢献しました。

 その出演歴の中でも、2002年 6月 2日放送のNHKスペシャル「桂米朝 最後の大舞台」は、米朝 師匠が、最後の大舞台として選んだ、歌舞伎座独演会の模様を伝えるドキュメントでした。

 そのドキュメントで、印象的だったシーンがあります。約40分にも上る、大掛かりな演目「百年目」を演じている時、米朝 師匠が、途中の噺を忘れ、場面を飛ばしてしまいます。その瞬間、独演会の前座を勤め、米朝 師匠の落語を、舞台袖で聞いていた、弟子の桂吉朝 師匠が「あーー」と、なんとも言えない顔をするのです。

 ところが米朝 師匠は、即興で、場面の前後を巧みに入れ替え、噺を元に戻してしまいます。それを聞いていた吉朝 師匠は「くふっ」と、安堵の笑いを浮かべるのです。ハイレベルな師弟だからこそ解る、その深い落語の世界を、映像は捉えていました。

 その吉朝 師匠も、その歌舞伎座独演会から、僅か3年後に、胃癌で急逝しています。。まだ50歳という若さでした。このブログで取り上げた「なにわの源蔵事件帳」の主役を演じた天才落語家、3番弟子の桂枝雀 師匠は、1999年に、53歳で自ら世を去り、米朝 師匠の晩年は、愛弟子の最期を看取る事が、多かった様に思えます。

 それでも、筆頭弟子となった桂ざこば 師匠は、米朝 師匠を救う様な、活躍を続けています。私は、ちょっと舌足らずで味のある、ざこば 師匠の落語が大好きです。小学生の頃、朝丸時代に、日本テレビ「お笑いネットワーク」で視た、不朽の迷作(笑)「動物いじめ」の面白さは、空前絶後でした。今では間違いなく、放送禁止の演目です(笑)。

 その桂ざこば 師匠が、記者会見で「ほんまに徐々に徐々に徐々に。こないに上手に亡くなるというのは、こないに綺麗なもんかなと思いました」と号泣していました。今まで聞いたことのない臨終の形容で、品格ある米朝 師匠の芸風通りの、見事な最期だったのだと思いました。

 NHKスペシャル「桂米朝 最後の大舞台」には、実は続きがあり、ETVスペシャル「桂米朝 最後の歌舞伎座独演会」(2002年 6月 8日放送)と題して、本編の落語を、完全放送しています。

 非常に珍しい、NHK総合・教育のリレー放送で一体化した、人間国宝・桂米朝 師匠の歌舞伎座独演会は、mpegファイルで、放送資料として保存しています。

第626回ランキング

   
公開
  1. 第 1 位 ( △ )
    NHK BSプレミアム・プレミアムドラマ「昨夜のカレー、明日のパン」テーマ音楽 [阿南亮子]
    ♪本放送終了後、NHKオンデマンド視聴による1位評価。

  2. 第 2 位 ( ▽ )
    女王蜂「ヴィーナス」
    テレビ東京・ドラマ24「怪奇恋愛作戦」オープニング テーマ

  3. 第 3 位 ( ▽ )
    NHK総合・大河ドラマ「花燃ゆ」テーマ音楽 [川井憲次]

  4. 第 4 位 ( △ )
    Bryan Adams“Run To You”
    スズキ テレビCMソング

  5. 第 5 位 ( ▽ )
    鈴木常吉「思ひで」
    SBC MBS・ドラマ「深夜食堂3」オープニング曲
    ♪1位 2週、登場18週。


 NHKが、ラジオ放送を開始してから、90年になりました。NHKでは、毎年 放送記念日が巡ってくると、特別番組を放送しています。その中でも、忘れられない放送記念日特番は何か? と問われれば、私は、海外ドラマ「エド・マロー ~ テレビを変えた男」(NHK総合・1991年 3月21日・本放送)と即答します。

 ドラマが始まる前に「これは、草創期の米国テレビ界で、ニュース・キャスターとして活躍し、真実に迫る勇気と誠実さで、今も 米国放送ジャーナリズムの、ヒーローと言われている男の物語である。」とクレジットが出ます。

 そのクレジットにもある通り、1950年代の米国テレビ界で活躍し、放送ジャーナリズムの創始者である、エド・マロー(Edward R. Murrow)の生涯を描いた、単発海外ドラマです。

 ドラマは冒頭、第2次世界大戦下の1940年に、ナチスドイツが、ロンドン大空襲した時の、エド・マロー 特派員による、全米に向けた、有名なラジオ実況生中継のシーンから始まります。

 そして戦後に物語が移ると、テレビ時代に入った米国社会では、米ソ冷戦時代となり、スパイ摘発の名の元に、下院 非米活動委員会を利用した「マッカーシー旋風」が、魔女狩りの如く 吹き荒れます。

 政治的恐怖から、米国内マスコミも沈黙していた、そのマッカーシー旋風に対して、緻密な取材と、冷静なレポートにより、エド・マローは、どこよりも早く真実を報道します。

 そのきっかけとなった、1954年 3月 9日の、CBSニュース“SEE IT NOW”が、制作・放送される過程を、ドラマでは、克明に描いています。このたった1回、30分のニュース番組放送から、一気に米国社会は、再び言論の自由の流れを、取り戻しました。

 エド・マローは、シカゴ特捜隊ヒル・ストリート・ブルースのDaniel J. Travanti(山本圭)。エド・マローの相棒的プロデューサーである、フレッド・フレンドリーは、Edward Herrmann(津嘉山正種)が演じています。

 劇中では、当時の米国テレビ・ラジオ番組が、たくさん登場します。そのテレビ・ラジオ番組のテーマ音楽・CMソングが、ドラマの劇伴音楽の役割を果たしています。

 ドラマでは、放送ジャーナリズムが、どの様に形成されていくのか? 現代にも通用する示唆があります。

 エド・マローには、CBS会長のウィリアム・ペイリー(Dabney Coleman・鈴木瑞穂)の全面的なバックアップがあり、また利潤主義を貫き、エド・マローと対立しながら一目置いていた、CBS社長フランク・スタントン(John McMartin・田中信夫)のサポートもあった点です。

 ドラマでは、ペイリー会長が、煙草卸しを仕事にしてた頃、ラジオが好きで、経営者の親や甥に内緒で、ラジオ番組のスポンサーになり、それがきっかけで、ラジオ局を買い取り、全米ネットワークの放送事業に進出していく経緯を、エド・マローに話すシーンがあります。

 ラジオが好きで、そして放送自体が好きだという、若き日々の思いがあるからこそ、放送ジャーナリズムを、根底から理解でき、ペイリー会長が、CBSを率いて、当時のエド・マローを、支えていたと理解出来ます。

 最近私は、YouTubeで、当時の“SEE IT NOW”を視聴する事が出来ました。ドラマでも描写されていますが、この“SEE IT NOW”が、放送されていたスタジオは、実に不思議な構造なのです。

 テレビスタジオの副調整室に、当時の大型カメラを持ち込み、スタッフも調整卓もそのまま映して、エド・マローは、隅にあるデスクから、アナウンスメントをしていました。

 そのスタジオには“CBS-TV CONTROL ROOM STUDIO 41”と銘が付いており、現代のワーキング・ニュース スタジオの原形を視る様な、斬新さを感じました。

 テレビジャーナリズムの理想を、懸命に模索しながら、現実でなく真実を選択した、エド・マローの伝記というべき、この素晴らしい海外ドラマは、全編を放送資料として、MPEGファイルで保存しています。