第1位( ⇒ )
NBS(フジ = KTV)ドラマ「トライアングル」劇中効果音楽(澤野弘之・林ゆうき)第2位( ⇒ )
NHK総合・大河ドラマ「天地人」テーマ音楽(大島ミチル)
♪劇伴音楽はオーソドックスな創り。第3位( ⇒ )
COLDPLAY“LIFE IN Technicolor 2”第4位( ⇒ )
しまざき由理「AGAIN ~ アゲイン ~ 」
CS ファミリー劇場「Gメン’75」主題歌第5位( ⇒ )
JUJU「やさしさで溢れるように」
日産自動車 テレビCMソング
日本最古のラジオチャート番組は何か? 十数年前までは、KRラジオ東京(現・TBSラジオ)の、とある番組だと思っていました。今でもその番組を最古と紹介しているサイトが存在するほどです。ところがある落語家による、ラジオでのひと言から、その定説は覆されました。その落語家とは、あの立川談志師匠。談志師匠は、入門前ラジオの演芸番組に夢中で、当時のNHKラジオ放送の番組表を暗記するほどでした。談志師匠は、十数年前の段階で、立て板に水の如く、終戦直後放送していたNHKラジオの番組表が、口から出てきました。その中に「お好み投票音楽会」という番組名があったのです。
1949年(昭和24年)NHKラジオ第1で毎週日曜日夜放送されていた「お好み投票音楽会」こそ、葉書リクエストの数に基づいた順位で、下位から流行歌をレコード放送していた、日本最古のラジオチャート番組です。ところが、この「お好み投票音楽会」は、早期に順位発表を打ち切っています。あまりにも順位争いが過熱。組織票は横行し収拾がつかなかったためだそうです。NHKはそれがトラウマとなったのか(笑)チャート番組から撤退。NHKに全国放送でラジオチャート番組が復活したのは、それから46年後の1995年4月。NHK-FMの「ミュージック・スクエア」TOP20カウントダウンとなります。
そのNHK-FMが本放送開始40周年となり、先月28日から48時間の特別番組「FM40ラジオデー」を放送しました。FM長野リスナーの私としては、最近ほとんどAM他局を聴きません。しかし今でもNHK-FMは、たまに聴く事があります。FM長野が開局する前、つまり全国に県域民放FMが置局される前、FMといえば、NHK-FMだけでした。その頃NHK-FMで、毎週土曜日午後の約3時間に渡り、全国のNHK放送局から、独自生放送された「FMリクエストアワー」こそ、FMラジオ開明期の超人気番組だったのです。FMリクエストアワーは、ここ長野でも放送。そして私は水戸・福島ふたつのリクエストアワーを聴いていました。
私の葉書リクエストを最初に採用して頂いたのは、このブログでも紹介しましたが、福島リクエストアワーの宮川泰夫アナでした。こんなエピソードがあります。福島リクエストアワーへのリクエスト葉書に、自分の中学校名を書き、見事にその中学校名が放送でコールされてしまいました(笑)。そして翌週、聴いていた教務主任の先生に突然呼び出されたのです。間違いなく怒られると思いきや、その教務主任の先生から、意外にも「良くやった」と、こっそり褒めて頂きました。なんと教務主任の先生も、FMリクエストアワーの隠れヘビィリスナーだったのです(笑)。私の忘れ得ない思い出の ひとつです。
NHKがラジオチャート番組を全国放送しなかった、長い空白の期間を埋めたのも、このFMリクエストアワーのローカルチャートでした。長野リクエストアワーで発表されたベストイレブンは、当時SBC歌謡ベストテンと交代で、地元の信濃毎日新聞に掲載されていたほどです。今回の特別番組「FM40ラジオデー」の中でも「我が青春のFMリクエストアワー」という回顧コーナーが放送されていました。その中で長野リクエストアワーを担当していた徳田章アナが、当時デビュー間もない中森明菜を、軽い気持ちでゲストに呼んでしまい、スタジオ観覧希望が殺到。パニック寸前だったというエピソードを紹介していました。全てはFM長野開局前の話なんです(笑)。NHK-FMには、県域民放FMのトレーサビリティとして、これからも放送を続けて欲しいと、FM長野リスナーとして陰ながら(笑)祈っています。
(追記) 紹介した立川談志師匠ゲスト出演「話芸 笑芸 当り芸」と、FM40ラジオデー「我が青春のFMリクエストアワー」の録音はデジタル化し、mp3ファイルで保存を続けています。