FM長野・NHK-FM リスナーである ラジオネーム:チャート★ドランカーの個人ブログです。
私の 週間選曲リスト と 週間放送視聴日記 を 公開・保存しています。

第548回ランキング

   
  1. 第 1 位 ( ⇒ )
    SBC TBS・月曜ミステリーシアター「名もなき毒」劇中効果音楽 [横山克]
  2. 第 2 位 ( △ )
    天野春子(小泉今日子)「潮騒のメモリー」
    NHK総合・連続テレビ小説「あまちゃん」挿入歌
  3. 第 3 位 ( ▽ )
    AZU “Circles of Life”
    ABN テレ朝・木曜ミステリー「京都地検の女」主題歌
    ♪ 1位 2週、登場 8週。
  4. 第 4 位 ( ★ )
    ダイドーブレンド オーケストラ編 テレビCM音楽 [ELIAS ARTS]
    ♪ 素晴らしいギターカッティングによる抜群の和声と 調性がとれた秀逸曲。
  5. 第 5 位 ( ▽ )
    NHK総合・大河ドラマ「八重の桜」劇中効果音楽 [中島ノブユキ]

 先日 既にMP3化している私のラジオ番組録音コレクションの中から、聞きたかった ひとつのファイルを探していましたら、全く予期せぬ(笑)もうひとつの番組を聴いてしまいました。FM東京の「コーセー歌謡ベストテン」です。草創期は「ハッピー・ロード」というタイトルでしたが、土曜 午後 1時からの放送というスタイルは、既に この頃から始まっていました。

 歌謡曲 と ポップスが合同になったワイド ベストテンの時に、私は 聴きだした記憶があります。中学 1年の頃で、私のFMラジオリスナー歴も その時から始まっています。人形劇・トッポジージョの声を演じていた山崎唯 さんが、女性アシスタントと フリートークと言うか、なにか雑談でもしながら(笑)歌謡曲 と ポップスのベストテンを交互に紹介していました。

 1974年に歌謡曲 と ポップスが分離し、三和シャッター歌謡ベストテンがスタート。翌年からコーセー歌謡ベストテンへと、スポンサーが変わりました。担当パーソナリティーは、作曲家の宮川泰 さん と FM東京・丸木陽子 アナウンサーの時代が長く続きます。FM東京が発注した、当時のFM放送首都圏聴取率調査では、圧倒的な数字で連続 1位を獲得していました。

 告白すると私は、1980年代に 私が個人で発行していた音楽チャート研究のニュースレターで、このコーセー歌謡ベストテンを、何度も強く批判した事があります。スポンサーが化粧品会社のため、当時 大々的にキャンペーンしていた、ライバル関係にある他の化粧品会社CMのイメージソングが、あからさまな順位操作によって、全く上位にランクされなかったのです。

 カネボウ化粧品 1984年 春のキャンペーンソングだった松田聖子“Rock’n Rouge”は、他のチャート番組で軒並み連続 1位をマークしていたにも係わらず、コーセー歌謡ベストテンでは、最高 6位 登場僅か 3週といった成績でした。この一例だけではなく、コーセー以外の化粧品キャンペーンソングは、大きな順位ハンデがある感じだったのです(笑)。

 されど70年から80年代では、民放FM局唯一の全国放送による邦楽ヒットチャート番組です。音楽的に優れた曲が、歌手の人気に係わらず上位になる傾向がありました。例えば 1978年のオリコン年間 1位は、ピンクレディー“UFO”が獲得していますが、コーセー歌謡ベストテンの年間 1位は、5週連続 1位をマークした 紙ふうせん「冬が来る前に」でした。

 コーセー歌謡ベストテンには、大きな 2つの特徴がありました。ひとつは ベストテンに入った歌手を ゲストに呼ぶ事です。当時のコーセー歌謡ベストテンは、完パケでしたので、録音によるインタビューが流れました。この慣習が COUNTDOWN JAPANになった現在まで続いています。そして この特徴は、ベストテン番組として、大きな欠点にも通じていました。

 もうひとつは 7位から 10位までの下位曲の一部を、ワンコーラスから上手くアウトロへ曲を繋ぎ終奏してしまう、楽曲の編集テープを使ったオンエアーです。これは放送時間の都合で、ワンコーラスしか曲をかけないのと同じ理屈になりますが、本当に芸術的な尺合わせでした。コーセー歌謡ベストテンの音響スタッフが、独自に編集したのだと推測しています。

 このブログの「大晦日は何曜日」でも書いていますが、コーセー歌謡ベストテンは、6月最終週に 上半期ベストテン、そして 12月最終週に 年間ベストテンを必ず発表していました。番組では、毎週 20位まで順位を発表していましたが、年間・上半期ベストテンは、1位 10点から 1点刻みで 10位 1点と、純粋にベストテンの順位のみで集計を行ったのです。

 年末には記録ノートを元に、得点を計算したリスナーから、沢山の年間ベストテン予想が寄せられていました。ところが ある年に突然、年間ベストテンへは、ひとりの歌手について最上位の1曲だけを入れる「1歌手 1曲規定」が採用され、順位予想したへヴィーリスナーが大混乱した事もあったのです。このあたりも コーセー歌謡ベストテンらしいエピソードでした(笑)。

 コーセー歌謡ベストテンが放送されていた、JFN土曜 午後 1時台の枠は、現在のCOUNTDOWN JAPANまで、なんと 40年以上続いている 邦楽ヒットチャート番組の老舗的存在になっています。いろいろ問題点もありましたが(笑)今となっては懐かしい思い出として昇華するほど、音楽の美しさが順位に反映する、稀有な邦楽ラジオ チャート番組でした。


ブログ開始は 2003年です。

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